🌏モーリス ブランショ👌 - 郷原佳以(ごうはら・かい/モーリス・ブランショ研究)

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ただ僕は天沢訳「至高者」の方がいいなー。

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筑摩書房 20世紀文学史に屹立する孤高の名著、待望の全訳。終わりなき対話 モーリス・ブランショ 全3巻完結!

作家は諸事物が消え去っていくその不在の現われを記述するのであり、書くことの孤独に身を投じることで、もはや「私」という権能を失い、非人称的な「彼」として彷徨する。 もっとも、私はバタイユの小説だけでなく、評論・論説も読んでこそ、バタイユのファンを自称できると思っていますが、これは少々傲慢に過ぎる考えかもしれません。 にバタイユが創刊した雑誌「」の編集に協力しながら、書くとはどういうことかについて考察し、やのに見出した書き手の不在や死の経験を、また無為や忘却といった事柄を書くことそのものに結びつけていくことになる。

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表象文化論学会ニューズレター〈REPRE〉:新刊紹介:『文学のミニマル・イメージ――モーリス・ブランショ論』

そのミショーとブランショとの親近性について論じたのはピエール・ヴィラールである。 airbasuさんがもしも興味を抱かれているとすれば、この点に関して大きいのでは? 体験領域として死を論ずるような人ですから、実際に生命の終わりに直面した人でなければ、彼の思想を真摯に受け止めることができないかもしれません。 L'Attente, l'oubli 1962年 (邦題『期待 忘却』『待つこと 忘れること』)• また、デリダは、『マルクスの亡霊たち』の中で、ブランショが提起した問題を論じている。

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「モーリス・ブランショの死後に行われたパリでのシンポジウムについて」記:郷原佳以

たしかに、ブランショは読者に耐えがたいほどの知的負荷をかける。 1986年 『ミシェル・フーコー 想いに映るままに』(Fata Morgana) 1992年 『他処から来た声? 〈ひとつの生〉においては〈私〉が創造するのではない。

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モーリス・ブランショ略年譜

L'Attente, l'oubli 1962年 (邦題『期待 忘却』『待つこと 忘れること』)• マスコロ、マルグリット・デュラスらと「作家学生行動委員会」を組織し、街頭行動にも参加、さまざまな無署名文書を執筆。 ラブストーリーに力点を置くなら天沢訳の方がいいかも知れませんね。

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終わりなき対話 1 複数性の言葉 : モーリス・ブランショ

現在、西南学院大学准教授。

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[B! Wikipedia] モーリス・ブランショ

ブランショの批評論文を「哲学」の枠に押し込むのは問題だが、「哲学」との対話について考察するセクションがあってもよかったかもしれない。 『モーリス・ブランショ 政治的パッション』安原伸一朗訳、、2020年 脚注 [ ]. 現在、明治大学法学部・教養デザイン研究科教授。 先に引用したブランショの一節を次のようにパラフレーズすることで、この〈リレー〉を簡潔にまとめることができるかも知れない。

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